17.11月の特選奄美俳句5選No.26/2017.11

  • 2017.12.02 Saturday
  • 09:57

2015年10月から始めている「今月の奄美俳句特選5句」です。
奄美で発行されている日刊紙・南海日日新聞の文芸欄「なんかい文芸」に掲載された 
11月30日から12月1日までの四つの俳句グループから出された作品から五句をえらん 
でいます。(ルビは新聞掲載時の表記に従っています)


1.神無月あふれる母性鎮(しず)めけり 浜手増美
2.主なき庭に濡れてる石蕗の花  林美津代
3.十三夜月のしずくは盃の中     中川慶子
4.どの道も生き果ては海島芙蓉  金井由美子
5.御幸ぞ島沸き立ちて刺羽舞う 内野紀子



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〈評〉
01/いくつもの角度から読める句だ。奄美にはヤマトの出雲に行く神々はいなかった。この島嶼の神々はもっぱらシマに向き、南(首里)に向いていた。この句の「神無月」は11月の言い換えとして読もう。「あふれる母性」という表現が刺激的だ。母性を起動するキッカケがなにかあったのだ。しかもその母性を制御する必要があった。母性を発揮した対象はいつくしみかあるいは怒りだったのだろうか。この情念を発露したのが神がいない時、つまり自分やシマを支えてくれる霊性が欠落している月だというのだからおもしろい(こうした意味で、奄美では「神無月」は11月にかぎらず使えるのかもしれない)。

02/日本列島には廃屋や空き家が全国各地に数多くある。神戸という都会の住宅地である同市東灘区の拙宅周辺にも廃屋がある。瀬戸内の島をめぐっているとごく普通に廃屋に出会う。そうした家に人が住まないのはさまざまな理由があるだろう。この句のようにたとえ人が住んでいなくても、季節がくれば石蕗の花が咲くのである。その開花はかつてそこに住んでいた人の代理のようにも思えるし、シマあるいは近所のひとに対して挨拶しているようにも思える。「濡れてる」が叙情を醸しだしている。〈花ふよう尋ねる人なき狭き道  村田亜矢子〉も情感をそそる。

03/秋はしっとりする句が多くなるのかもしれない。満月(望月)ではなくあとすこし満ちるまで余韻を残している十三夜。このまだすこしの月からしたたる雫が、盃の中におちていく。物語性のある、かつ想像力を刺激してくれる句である。この句を肴にして一献かたむけたくなる。秋らしい句に〈鷹渡る生きぬく試練旅なかば  窪田富美子〉〈秋灯し福音句集愛あふる  向井エツ子〉も。

04/島に生きることの自明性と、シマで日常をすごすことの覚悟。奄美の俳句にはこうしたシマに生きる俳人たちの視線が句に深く反映している。この句も島にあるすべての道の行き果ては海だという。その当為のことを気付いている自分。その「発見」を句にすることでまたあらたにシマに生きる自分に覚醒する。その覚醒の道具とキッカケが俳句であり、作句なのだ。〈生業(なりわい)は土地に根をはる石蕗(つわ)の花 小川文雄〉

05/今上天皇夫婦が、沖永良部島と与論島を訪れたのは11月16日と17日の二日間。奄美群島を天皇が訪れるのは、先代の昭和天皇をふくめてこれで4回目。平成天皇は2019年4月末退位が決まっているがゆえに、二つの島民にとって想い出深い「行幸」になったことでしょう。天皇夫婦を迎える島民の上気した想いと奄美群島の今の季節で展開されているサシバの渡りに重ねて一句がつくられている。ほかに行幸に関して〈行幸啓島に歴史刻む秋  衣替〉の句も。歌人として卓越している美智子妃がこの訪問によってどのような作品が産み出されるのか注目したい。
 

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17.10月の特選奄美俳句5選No.25/2017.10

  • 2017.11.30 Thursday
  • 10:10

2015年10月から始めている「今月の奄美俳句特選5句」です。
奄美で発行されている日刊紙・南海日日新聞の文芸欄「なんかい文芸」に掲載された10月25日から10月27日までの四つの俳句グループから出された作品から五句をえらんでいます。(ルビは新聞掲載時の表記に従っています)


1.子の墓へ野菊たづさふ夫と行く  宮山和代
2.聖堂やカノンの調べ律の風  浜手増美
3.天の川敏雄とミホへ降り注ぐ 緑沢克彦
4.敏雄の忌生涯ミホは墨衣  梅崎京子
5.エラブ島小雨の染みて西郷忌  和学歩


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〈評〉
01/「逆さ仏」とも言うのだろう。親より子の方が早く死ぬ。哀しい事実である。墓参りも途切れなくしているのに違いない。墓に向かう道中に咲いていた野菊を手向けようとしている父である夫。もうこれだけの事実描写でなにも言葉を足すことはあるまい。都会に住む私は最近まで墓参りをほとんどしたことがなかった。数年前に神戸港をながめる高台にある母方の祖父の墓参りをした。三十三回忌だった。叔母がずっと墓守りをしてくれているので清楚な墓だった。私の姉が産まれた年に母の姉が死んだ。才媛だったと聞く。母は身重な身体で号泣した。姉を愛していたのである。その姉が墓参りしたその墓に眠っている。姉は結婚したものの子を産むことはなかった。墓は親族にとって雄弁な記憶のもとである。


02/奄美俳句の特質のひとつにキリスト教の信仰と祈りの作品がみられるということである。わたしも幼少期はカトリックの強い影響下にある環境で育ったので、聖堂の高い天井と、教会内にひびきわたる賛美歌の圧倒的な調べに神々しさを感じたものだった。奄美は戦前に苛烈なカトリック弾圧があった歴史もあり、奄美のカトリック信者にはどこか強い芯が貫いているように思う。そして「律の風」とはいったいなんだろう。キリスト者が内在的にみずから課している道徳律のことだろうか。そうした精神的規範を風と重ね合わせたところに、この句の深みを感じる。 

03/二〇一七年の奄美の文化ニュースといえば、奄美に永年住んだ作家・島尾敏雄の生誕百年を記念してさまざまなイベントがおこなわれたということだろう。イベントは主催者側の語りかけなら、こうした「なんかい文芸欄」にあらわれた作品群は、語りかけに対する応答(語り返し)であるといえよう。つまりシマンチュがどのように感じてその思いを俳句に託したかが如実に反映されているということである。また、作家・島尾についての語りは、敏雄・ミホ夫婦についての語りでもある。戦争中に加計呂麻島で巡り会ったこの二人はお互いの世界をぶつけあい摩擦させながらも、ひとつの物語世界を構築した。その二人に天の川が降り注ぐというのである。なんとも抒情的な作品。

04/島尾ミホさんは、夫である作家・島尾敏雄を亡くしてから、ずっと墨衣(喪服)で過ごしていた。帽子も黒。ベール付き。わたしは思った。ミホさんは「敏雄とミホの物語」の中に生きておられたのだと。前の句が結婚前の若い二人を詠った作品なら、この句は敏雄が鹿児島で亡くなって奄美大島に引っ越して来たミホさんのありようを句にしている。あの墨衣の姿は強いインパクトを与えていた。〈敏雄の忌ミホは海辺に死を見つめ 寿山萠〉〈琉球弧は戦火の匂ひ敏雄の忌 作田セツヨ〉〈加計呂麻の浜変らねど敏雄の忌 登山磯乃〉なども印象に残る。


05/来年(二〇一八年)の奄美は西郷隆盛についてのイベント、顕彰が盛んになるだろう。NHK大河ドラマで「西郷(せご)どん」が放映されることもあって、いまでも奄美は西郷隆盛に関する記事やイベントがおおく見受けられる。その西郷隆盛が西南戦争で亡くなったのが九月二四日。西郷忌である。西郷はなんどか奄美に遠島(島流し)されている。なかでも沖永良部では島のインテリ層と友誼をむすび、こうした人たちとの知の交換によって、「敬天愛人」が考え出されたと唱える人もいる(この他にも、奄美大島、徳之島でも西郷は足跡を残している)。西郷は奄美で敬愛されている(もちろん異論を唱えるひともいるが)。例えば〈西郷忌遺訓で育つ永良部島 石原かね〉。奄美の俳人にとって、西郷忌は季語としてこれからも定着していくのかもしれない。〈爺曳きて犬は我が道西郷忌 川間佳俊〉〈西郷忌文庫(ぶんこ)の杜(もり)に児(こ)等(ら)の笑(えみ) 山すみれ〉〉なども良い。
 

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17.09月の特選奄美俳句5選No.24/2017.09

  • 2017.09.30 Saturday
  • 10:06

2015年10月から始めている「今月の奄美俳句特選5句」です。
奄美で発行されている日刊紙・南海日日新聞の文芸欄「なんかい文芸」に掲載された9月27日から9月29日までの四つの俳句グループから出された作品から五句をえらんでいます。(ルビは新聞掲載時の表記に従っています)

1.零戦や片道飛行の赤蜻蛉  山すみれ
2.クロトンの葉波駆け抜く風の艶  窪田セツ
3.天界のざわめき痛む赤蜻蛉 浜手増美
4.枕辺に句集繙(ひもと)く夜長かな 坂江直子
5.生きるとはかくもせつなき蝉しぐれ 西のり子


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〈評〉
01/戦争末期、多くの特攻機が鹿児島本土から飛び立ち沖縄をとり囲んでいた米艦船に向かって特攻攻撃が行われ、戦果とは別に米軍兵がいだく恐怖感はそうとうのものだったと聞く。この句には零戦が書かれているが、さまざまな種類の飛行機が特攻機として使われ、なかには「赤蜻蛉」といわれる練習機も使用されたと聞く(この句の赤蜻蛉はその事実を踏襲しているのかとせうかは不明)。奄美の上空は南下する特攻機が通過する場所であり、喜界島の上空では米軍機との空中戦が記録されたカラー動画もあるという。特攻機の中には機体の故障なとで引き返すものもあったそうだが、片道という表現が哀れを誘う。

02/葉そのものが多彩な色をしてるので園芸品種として人気のクロトン。それの葉(波)を駆け抜けて行く風。奄美の俳人たちは風の描写が卓越している。生活の中で風を感じることが多いのだろう。植物を歌った句に〈鉢植エのススキ怪しみ通る人 赤塚嘉寛〉もおもしろい。

03/この句にも赤蜻蛉が登場する。「天界のざわめき」とはなんだろう。俳句に時事を読み込むことは時にあるので、いま起っているなにかの出来事を句に呼び寄せているのかもしれない。いや時事でなくても「天界のざわめき」という表現は想像力を刺激してくれる。なにか人智をこえた異変が起りそう事態を作者は感知しているのかもしれない。そのざわめきを痛んでいるのは赤蜻蛉なのだろうか。天界という大きなスケールで起った出来事を赤蜻蛉という小なるものの感性が起動している。読みの多様性が楽しめる句である。

04/俳句にまつわる俳句関連の作品というべきか。時たまこうした句集という書籍を素材にした作品に出会う。私も枕元に句集、詩集、評論集をあまたはべらせている。句集、詩集は一気に読むようにしている。俳句なら一冊の句集から二〇句選をする(苦労して二〇句集める場合もあるし、反対に二〇句ではたりない場合もある)。作者もきっと送られてくる句集を読みたいと思い、枕辺に置いているのだろう。俳人にとって一日の終りの至福な時間である。ただ、私の場合は句集、詩集を引き寄せてもほどなく眠ってしまう。今月、書籍に関する句に〈秋暑し恋の小説読み残す 原口ふみこ〉がある。

05/しみじみとした人生の境涯を詠った作品。こうした作品はある程度人生の経験をつみかさねた人が語ると渋みと重みを増してくるものだ。「生きるとはかくもせつなき」という哀感と「蝉しぐれ」のかしましい音環境が対比をなしている。哀感といえば、〈お隣は住む人絶えて白むくげ(漢字に) 恵ひろこ〉もそう。いま全国レベルで人が住んでいない家が増えている。「住宅は住むための機械」とは建築家のル・コルビュジェの言葉。よく言い当てていて、住宅・家は人が住んでこそ機能するのである。そこに人がいなくなればいずれ廃屋になっていく。人は「朽ち」を哀感として享受することはできるが、住宅・家はそうはいかない。
 

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17.08月の特選奄美俳句5選No.23/2017.08

  • 2017.09.03 Sunday
  • 10:02

2015年10月から始めている「今月の奄美俳句特選5句」です。
奄美で発行されている日刊紙・南海日日新聞の文芸欄「なんかい文芸」に掲載された8月30日から9月1日までの四つの俳句グループから出された作品から五句をえらんでいます。(ルビは新聞掲載時の表記に従っています)


1.空蝉や弥勒菩薩も無い宇宙   山すみれ
2.空腹を満たすは水のみ敗戦忌  重武妙
3.明日採る苦瓜に目星つけにけり 森ノボタン
4.ガジュマルの木陰に憩ふ夏吟行 向井エツ子
5.爪紅をこすりままごと遊びかな 福永加代子


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〈評〉
01/句境が深い。関心してしまった。空蝉はさまざまに思惟に刺激を与えてくれる素材だが、その空蝉と弥勒菩薩と対置させている着想の深さに感じ入ってしまった。弥勒菩薩(マイトレーヤ)は仏教における未来仏であり、ゴタータマシッダルータ(釈迦)の次に現れるといわれる救世主(メシア)のような存在である。もちろん未来仏だから現在も出現していない。空蝉という空虚(あるいは猝記瓠砲鬚覆めていて、そのありように弥勒菩薩も存在しない宇宙を想起してしまったのである。哲学的な読みもできる佳句である。

02/沖縄本島ほどではないが奄美群島にも先の大戦では戦争被害があった。そしてなにより現代における戦争は国民を巻き込む総力戦のために、国民の一人ひとりの生活の中に、戦時中であることの我慢や忍耐が強いられる。奄美の島々は戦争の末期、自給体制のなかで生きることになり、沖縄方面から艦載機による攻撃にさらされることになる。そのようななかでで毎日を生きて行くのにも食糧がことかくありさまとなり、水を飲むしか空腹を満たすことはできない環境に追いやられていった。戦争とは食べるという生命を維持する最低限のことをも剥奪していくのである。戦争の句に〈叔父の背に足に爪痕敗戦忌 村田亜矢子〉〈戦世を生きのび老ひぬ敗戦忌 西のり子〉も。

03/この句を読んですぐ思い起こしたのが、宇検村湯湾に住むウタシャ・石原久子さんの持ち歌である「きんかぶ節」である。「道ぬ端ぬ きんかぶぐゎ/来年(やね)も実(う)れよ きんかぶぐゎ/吾きゃが知ちゅりてぃ/採(む)りがきゃびろ(ヤマト口訳)道ばたに生えているきんかぶよ。来年も実れよ。私が覚えていて捥いであげよう」(JABARA-43「石原久子 うたぶくろ湯湾」ライナーノーツより)。この句もこの歌も人と自然からの贈り物に対する感謝の気持ちが表されている。明日と来年が待ち遠しいだろう。

04/夏の吟行は強い日射にさらされてさぞつらいだろう。吟行は句材をもとめてともかく歩く文芸作業である。そんな時、大樹であるガジュマルの木陰は特筆すべきオアシスにも思えたのに違いない。この他にも夏の気配を詠んだ句として、〈木漏れ日に風一筋の盛夏かな 衣替〉〈海にいて大暑の風の匂ひけり 中村恵美子〉などは風を上手に歌い込んでいる。また夏という季節は人生を振り返る格好の季節なのかもしれない。〈夏旺ん誰も余生を生きてゐる 池田利美〉〈思うまま前むきとらへ海紅豆 窪田富美子〉〈浜木綿やこの地に生きる覚悟して 武田吉子〉といった句も注目した。

05/ままごと遊びと書いているので「爪紅」はマニキュアではなくて、花弁を爪にこすりつけてマニキュアもどきにして女の子たちが遊んでいる様子を句にしたのであろう(かつてのマニキュアはそうだったらしい)。男の子には男の子なりの、そして女の子には女の子なりの同性でしか共有されない遊びがある。女の子たちは大人の女性の見立てを経験することで、すこしずつ少女を脱していく。
 

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17.07月の特選奄美俳句5選No.22/2017.07

  • 2017.07.30 Sunday
  • 10:01

2015年10月から始めている「今月の奄美俳句特選5句」です。
奄美で発行されている日刊紙・南海日日新聞の文芸欄「なんかい文芸」に掲載された7月26日から7月28日までの四つの俳句グループから出された作品から五句をえらんでいます。(ルビは新聞掲載時の表記に従っています)

1.凉を呼ぶ三味の音(ね)島の浜辺かな  奥則子
2.群青の空に一枝百日紅(さるすべり) 山すみれ
3.海亀にニライカナイの道を問ふ  恵ひろと
4.神の道白ハブの衣透けており 山野尚
5.島唄のくるり裏声夏燕  久松敬志

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〈評〉
01/奄美の夏は長い。七月ともなると陽射しはきつくなり、おもわず浜辺で凉をもとめたくなる。そこに三味(サンシン)の音が聴こえてくる。おもえば贅沢な光景である。シマ(集落)の誰かが歌い出すと、ウタアシビが始まるかもしれない。シマウタは生活の一部であり爛淵哀汽甅瓩覆里澄ほか〈公園に凉を求めて唄あそび  金井百合子〉も奄美ならではのシマウタがらみの作品てせあると言えよう。

02/「群青」と百日紅の花の赤の色の差異が見事である。奄美の夏は多彩な色に満ちている。生きとし生きるものが生き誇り咲き誇る季節でもある。奄美は海も空も広い。日常のなかで自然の中に住んでいることを実感することができる。ふたつの反色を対置することで雄弁に季節を記述する俳句の特性をよく活用している。ほかに「青」を詠った句に〈梅雨明くや海の煌き空の青  嘉ひろみ〉。


03/おもわず句のあとの展開を聴きたくなるような秀句である。広い海域を回遊している海亀はひょっとして常世であるニライカナイへの道を知っているのかもしれない。奄美は海に閉ざされた島嶼ではなく、はて知れぬ海の向うの世界につながる拠点なのである。ヤマトの神話である古事記では山幸彦が兄の海幸彦に借りてなくしてしまった釣り針をみつけるために、海の道をたどって海を統べる神のもとにたどりついたという話が伝わっている。海の道はきっとあるのに違いない。

04/「神の道」とは、集落(シマ)にある祭祀の際にノロら神官が使う道のことだろう。「神道(かみみち)」と呼ぶ場合もある。(わたしの住む神戸市東灘区にも式内社の保久良神社がある山から海(茅渟の海)に向かう細い一本の道があり、いまは祭祀としては使われていないが、神道(かみみち)であったろうと思われる)。シマの人たちならその小径の意味は充分に分かっていて、そこで見つけた白ハブは、神そのもの、もあるいは神の使いに見えたのだろう。シマの中にいまだ濃厚に残っている祭祀的環境があってこその作品である。

05/奄美は歌謡の島である。なかでもシマウタ(島唄)はひとびとの生活の中に密着している民謡で、若いひとにもしっかり継承されている。その豊潤なうた世界は目を見張るものがある。また奄美群島のなかの奄美大島、喜界島のウタシャは見事に裏声(ファルセット)を使いこなす。すぐれたウタシャほどその裏声に変るさまは自然で無理がなく聴いていて耳心地がいい。その心地よさと、燕が高速で飛来しているさまと同居させているのがおもしろい。
 

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17.06月の特選奄美俳句5選No.21/2017.06

  • 2017.07.05 Wednesday
  • 09:12

2015年10月から始めている「今月の奄美俳句特選5句」の20回目です。

奄美で発行されている日刊紙・南海日日新聞の文芸欄「なんかい文芸」に掲載された6月28日から6月30日までの四つの俳句グループから出された作品から五句をえらんでいます。(ルビは新聞掲載時の表記に従っています)

 

01. 山百合を手折(たお)りて指の匂いけり           宮山和代

 

02. 日盛りに木陰に集いムンガタイ               島田香ほり 

 

03. 川底に白雲沈め鮎走る                                                 中吉頼子     

 

04. 水の星水の大八州(やしま)の冷奴                             久松敬志

 

05. 百合玉や太陽(ティダ)の恵み島豊                             石原かね       

 

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〈評〉

01/百合は大振りな花を咲かせかつ香気に満ちている。奄美大島には自生している野生種がある。その百合を園芸種として商品として外国にまで輸出したのは沖永良部島のひとたちだった。この句では自生している山百合を摘んできて香りを楽しんでいる。作者の幸せな顔が思い浮かぶ。

 

02/気の置けない隣人・友人たちと語り合っているその光景がよく見えてくる。「ムンガタイ」(物語りする)というシマグチが親近感を感じさせて良い。奄美はお年寄りが元気だが、シマ(集落)のひとびとが集まる場所で語り合っている。そういえば神戸市長田区にも島出身者が集う公園があり、ゆったりとした感じで語り合っている。いつもの場所、いつものメンバーであっても、話しは尽きないのだろう。こうした語り合いの場が奄美にもいくつもいくつもごく普通にあるというのは、ひとつの地域財産だろう。

 

03/奄美の鮎といえばリュウキュウアユ。住用川のアユが最近個体数が増えて復活しているらしい。かつては当然だが食べていたという。このまま環境整備がつづくと、奄美でアユの塩焼きが食べることができるかもしれない(奄美におけるアユはどのように料理するのか知らないが)。この句、景がくっきりしていて見事である。透明度が高い川でないと川底に白い雲は映らない。この描写も卓越しているが、その清流をアユが泳ぎぬけるという表現が効いている。この作者の自然への愛情の深さが読み取れる。

 

04/着想の大きな句である。「大八州(おおやしま)」とは日本の古称。(厳密に言えば、この中の八つの島の中には残念ながら奄美、沖縄は入っていない)。作者はその原義とは関係なく、地球というみずの星にある四面を海に囲まれている奄美を含む日本列島(大八州)という意味で使っているのだろう。下五が冷や奴というのもおもしろい。大きな地理を配置して最後は自分の目の前にある冷や奴をもってくる。句の着想が自在であるし、諧謔の精神にあふれている。爽快な作品だ。

 

 

05/島の豊かさを詠っている。百合玉、つまり球根だろうか。太陽(ティダ)の恵みを一杯に浴びてその量感に思いを馳せる時、自然が島にもたらす恩恵を感受したのであろう。しかもこの百合玉は商品価値を産み出すものであるから、実利も伴っているに違いない。まさに豊かな島の恩恵であろう。

 

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17.05月の特選奄美俳句5選No.20/2017.05

  • 2017.06.05 Monday
  • 08:22

2015年10月から始めている「今月の奄美俳句特選5句」の20回目です。

奄美で発行されている日刊紙・南海日日新聞の文芸欄「なんかい文芸」に掲載された5月31日から6月2日までの四つの俳句グループから出された作品から五句をえらんでいます。(ルビは新聞掲載時の表記に従っています)

 

01. 黒薔薇り一際(ひときわ)映えて丘の上           平井朋代

 

02. 春霖(しゅんりん)や畝(うね)に残る廃れ薯(いも)  内野紀子 

 

03. そてつ咲く腹にものない美しさ                                     原口ふみこ     

 

04. 赦免花雌花膨らみ紅を抱く                                       中川恵子

 

05. 群青の色に染まらず飛魚や                                     小川文雄        

 

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〈評〉

01/不思議で魅力的な光景を詠っている。「黒薔薇」という存在だけでひとつの緊張あふれる場が現出されている。それが植わっているのか、どこかの家に飾ってあるのか。この時期、地生えの薔薇が咲き誇る季節でもある。俳句はひとつの光景を提示することによって、その光景の背後にある記号性や、物語性を読者とともに想起させる「間テキスト性」的な文芸であると言える。想像力を喚起させる作品は佳句である。

 

02/「菜種梅雨」とも言われる「春霖」。この時期は馬鈴薯の出荷も終わったころだろうか。二月あたりから神戸のスーパーには沖永良部、徳之島産の馬鈴薯が並ぶことになる。「廃れ薯」とは商品にならず畠にそのまま捨て置かれた馬鈴薯だろうか。出荷という畑地にとっての大事業の後に残っているものを見逃さず句にしたてる視線こそ、詩をなりたたせる歌詠みのまなざしであろう。叙情にみちた句世界である。

 

03/一読しただけでは分かりにくい句である。二度三度と見直すと、句意が浮かび上がってくる。この「南海文芸」に掲載されている俳句にはいわゆる難解句はほとんどない。写生を基本とした明快な句世界が展開している。俳句は〈もの〉を描写することによって叙情をかもしだす文芸だが、この句のように「美しさ」という美称を招き寄せることもある。蘇鉄の花あるいは実(ナリ)のことなのだろうか。その美しさが「腹にものない」と対比されている。作者、思うところがあったのだろう。

 

04/「赦免花」とは蘇鉄の花の異名。花が咲いて紅を抱くという。紅とはいったいなんだろう。ナリ(実)なのだろうか。「膨らみ」が艶っぽい表現になっている。蘇鉄はかつて救貧作物でもあった。「蘇鉄地獄」という表現と時代があり、蘇鉄の実どころか、蘇鉄そのものを食べるしかない追いつめられた飢餓状態に奄美は追いやられたことがある。そのナリもそのままでは食べられない。毒ぬきをしないと、中毒になってしまう。

 

05/鮮やかな句である。海の色を群青と表現しているのが良い。その群青に染まった海に飛魚がとけこまず精一杯泳いでいる。群青の海も飛魚もいきいきとしている。生を謳歌している。奄美は島嶼世界である。海は身近であるが、日常生活の中に海の様子と、その海に生きる魚たちにまなざしをむけで作句するのはは、ひたすら俳人の感性である。こういう佳句を読むと、心のなかも群青にそまってさわやかになる。

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17.04月の特選奄美俳句5選No.19/2017.04

  • 2017.05.10 Wednesday
  • 09:52

2015年10月から始めている「今月の奄美俳句特選5句」の19回目です。

奄美で発行されている日刊紙・南海日日新聞の文芸欄「なんかい文芸」に掲載された4月26日から4月28日までの四つの俳句グループから出された作品から五句をえらんでいます。(ルビは新聞掲載時の表記に従っています)

 

01. 風光るマングローブの発芽かな      林美津代 

 

02. 夜桜や異界へ続く扉かな         姫椿 

 

03. 無骨なる叔父より届く永良部百合   嘉ひろみ     

 

04. 春眠の汽笛鳴らすや島ばなれ     小川文雄

 

05. 筆先に少し含ませ春の風       福山史乃  

 

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〈評〉

01/風そのものは見えないが、光という形象に姿を替えて、われわれの前に現出することがある。風が光となる春のにぎわいの中で、マングローブも新たな芽吹きをしようとしている(奄美は日本列島のなかでマングローブ林の北限と言われている)。春を迎えた悦びが、この句を成り立たせている。あらたに迎えた季節を敏感に感受する作者の心の躍動が一句をものした。

 

02/奄美群島の桜の主体は本土(ヤマト)と違い「ひかんざくら」である。ソメイヨシノも植樹されているが、開花の標準木となっているのだろうか(奄美の桜前線〈=桜の開花日予想〉の観測標準木はソメイヨシノではないのではないか)。ひかんざくらは、花の色も桃に近く、下を向いて咲くのである。この桜、多くのイマージュに満たされている。たしかに「異界」へ続く妖しさもある。これほど注目される花はそう多くないだろう。

 

03/「無骨」な叔父と「永良部百合」の華麗さの対比がおもしろい。この対比を発見した作者のほくそ笑む姿が想起される。永良部百合は沖永良部島における花卉産業の象徴的存在である。一九七〇年にはじめてこの島を訪れた時、フリージアが咲き誇っていた。土産にその球根を買って帰った。37年たったいまでも神戸市垂水区の実家の庭で咲きつづている。花の島というのはなんとイメージがいいのだろう。もちろん花卉農家は出荷の時期を含めて市場の価格変動に一喜一憂するシビアな現場の中に生きていることも忘れてはならない。 

 

04/「島ばなれ」という表現に感応する。年度末にあたる3月末は別れの季節でもある。転任、卒業、入学…と人生の転機を迎える人が奄美から離れていく。この群島から旅立つのは、航路か空路に限られている。この句は航路による別れの場面を描いている。神戸も港町なので岸壁での別れは実感として分かるが、奄美の人たちにとってこの時期の別れは、人生の大きな節目として、万感胸に迫るものとして神戸よりはるかに大きな意味をもつ。島のひとたちにとって毎日見慣れている入船出船なのだが、この時期の入港・出航は独特の光景と情感をうみだすのである。春眠をさますような汽笛が、別れの季節であることを喚起させている。

 

05/俳句という文芸にこうした叙情性ゆたかな作品があることに小さな驚きを感じてしまう。まるで少女のような感性を持ったひとだ。現実には風を含ませるということはあり得ないことだが、作者はこれから書き記す文字や絵のなかに、春の風が含まれているのだと確信しているのに違いない。こうした句を成り立たせるのも、春という季節が持つ躍動感なのだろう。 

 

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17.03月の特選奄美俳句5選No.18/2017.03

  • 2017.04.07 Friday
  • 09:04

2015年10月から始めている「今月の奄美俳句特選5句」の18回目です。

奄美で発行されている日刊紙・南海日日新聞の文芸欄「なんかい文芸」に掲載された3月29日から3月31日までの四つの俳句グループから出された作品から五句をえらんでいます。(ルビは新聞掲載時の表記に従っています)

 

 

 

01. 三寒四温母の語りし一日(ティ)寒(ビィサ)  石原かね

 

02. 染め糸を待つや泥田の水温む          恵ひろこ

 

03. たらちねに背を押されしや春の道          浜手増美

 

04. 一線のやがて一点鳥雲に                  宮山和代

 

05. 豊作の甘蔗刈り語る大湯船               窪田セツ  

 

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〈評〉

01/気候と気温が不安定になる初春の時期。奄美のとあるシマ(集落)では、一日(ティ)寒(ビィサ)と呼ぶのだという母の発言を句にまとめている。奄美の言葉は、復帰後の急速な本土化によって、失われつつある。最近では奄美内部から危機感がうまれ、さまざまな方法によって残そうとしている動きがある。言葉の継承は風土と場所と切り離すことができない。シマという場所があるかぎり、亡失する言葉もあるだろうが、またあらたなシマユムタも生まれてくるだろう。

 

 

02/かつて奄美を代表する産業のひとつだった大島紬。原料の糸を泥染めをすることで、付加価値をつけてきた。近年は日本人の和装ばなれによって、かつての勢いはなくなってしまった。黄金時代は1970年代までと言われる。織り機での作業は奄美の女性の大切な仕事で、高度な技術が要求される。機織りは、貴重な現金収入にもなった。糸を泥田につけて染めるときに、水温の変化を感じとる。これもまた奄美ならではの季節の感受である。

 

 

03/「たらちね」は母の異語(言い換え言葉)である。この句には、なにもないおだやかな日常の光景が広がっている。01の句もそうだが、女性俳人には、みずからの母、あるいはもうすこし普遍化した妣を詠うジャンルが存在する。そこに出てくる母/妣は、ふんわりとした佳き思い出につつまれた母性そのものの具現であることが多い。一転、詩の世界でわたしの周辺の女性詩人たちが描く母/妣は、おなじ女性という種族、同じ母であるであるからこそ、格闘すべき対象とみなしているので、なかなか詩作品の中には出てこない傾向がある(反対に父は、異性の肉親なので、概念化しやすいのか詠まれている)。俳句における母/妣の表現は徹底して読み込みたいジャンルである。

 

 

04/渡り鳥をこの目でしっかりと見たのは、去年のことだった。詩の会で、兵庫県たつの市にいた時、揖保川の上空を雁の群れに遭遇した。都会(神戸)に住み続けていたら、渡り鳥を見る機会はほとんどない。鳥たちは都会の上空を避けているのであろうか。この句、〈一線→一点→鳥雲〉と表現を変えてゆき、遠ざかる鳥たちを巧みに捉えている。鳥雲は春の季語。奄美群島でも実感をともなって詠むことができる季語である。奄美の俳人たちはこうして絶妙に季語を駆使している。

 

 

05/今年はサトウキビ(甘蔗)が豊作だった。去年奄美に大きな台風が襲来することがなかったことなどが、豊作の故だと報道されている。それを悦ぶ声が湯船のなかで響いている。同じ豊作でも、二年ぶりに域外に移出が可能になったタンカンは、豊作ゆえに値崩れしている。市場原理が働いているのである。生産者は複雑な気分だろう。甘蔗が豊作であることへの悦びは、国家の政策によって、国産の甘味資源の確保と保護のため、買取価格が一定であり、価格の値崩れはないことが背景にある。奄美のシマンチュの笑顔の向こうに政治がある。

 

17.02月の特選奄美俳句5選No.17/2017.02

  • 2017.02.28 Tuesday
  • 09:25

2015年10月から始めている「今月の奄美俳句特選5句」の17回目です。

奄美で発行されている日刊紙・南海日日新聞の文芸欄「なんかい文芸」に掲載された2月22日から2月24日までの四つの俳句グループから出された作品から五句をえらんでいます。(ルビは新聞掲載時の表記に従っています)

 

 

 

01. 時雨(しぐぐる)や灰(かい)白色の名瀬港  寿山悦子

 

02. 島裏の海鳴りひびく大寒波           石原兼

 

03. 甘蔗の花ハーベストに呑まれゆく          窪田セツ

 

04. 水ゆるむ阿・吽(うん)で遊び学び哉    奥直哉

 

05. 冬うらら彼方横当島の見ゆ               紅ベンケイ 

 

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〈評〉

01/色彩を全面に出した作品。朦とした一日。細かい雨がふって見える景色がモノトーンになっている。それを「灰白色」と表現する。たくみである。そしてこの句には場所が詠まれている。湾として地形的に完結している名瀬港。全体がモノトーンで物憂げな気象で占められている。〈荒(すさ)ぶ風真夜に目覚めて冴返る 榊原矩明〉もまた自分を取り巻く自然や環境と自ら(作句しようとしている主体)が溶け合った作品。

 

02/「島裏」という表現が、島に生きるシマンチュにとって実感を伴い、リアリティがある。さほど大きくない島(例えば与路島)には人が住む集落がある場所ではなく、山を超えた裏港とよばれる緊急時の港湾施設があることがある。そこは見えないが、島に生きるひとにとっては、常に感じる場所なのである。その島裏の海が鳴りひびいているという。想像力を喚起させ、詩情を感じさせる作品である。寒さがまだ残るこの二月。〈緋寒桜一重一瓶携えて 當光二〉 奄美に咲くサクラは真冬の花。花見をするには寒すぎるのかもしれない。緋寒桜の花は桃の花のように色が濃い。

 

 

03/甘蔗、つまりサトウキビのこと。1月末から3月にかけて奄美はキビ刈りのシーズンになる。かつて近世の薩摩藩統治時代は、甘藷を刈り取って絞り、砂糖(さた)小屋にこもり砂糖にして樽詰めするまでがシマンチュに課せられた仕事であった。いまは製糖工場に刈り取った甘藷を持ち込むだけの原材料提供のみとなっている。ハーベストというのはキビ刈り専用機で、この機械が導入されることで随分と労働が楽になった。甘藷は天を裂くようにまっすぐに伸びる植物である。その花ごと機械に吸い込まれてゆく姿を描いている。キビ刈りが終わると季節がぐんと進む。ほかに農作業が詠まれている句に〈春寒や暴風ネット作物(つくね)守る 山すみれ〉。この季節、徳之島と沖永良部島で馬鈴薯を風から守るネットが張られる(特に沖永良部島のネットは数も多く几帳面に張ってある)。自然と農を詠み込むのも俳句という文芸の面白さである。

 

04/三月の奄美は一足飛びに暖かい気候になる。「水ぬるむ」は春の季語。そのゆるやかな語感と共に詠われているのは、子どもたちの姿。「阿・吽の呼吸」が通じる慣れ親しんでいる仲間が遊んで学んでいる光景が目に入っている。それをゆるやかに眺めている作者。子どもたちの親ならその学びも遊びも見守りと監視の対象となろうが、その子たちが孫の世代なら緩やかな視線になるのかもしれない。「春」が詠われた句に〈廃校の賑はひし頃の春の夢 坂江直子〉がある。抒情と追憶の香り。

 

05/「横当島」は奄美大島の北西60kmの距離にある無人島。大島郡ではなく十島村に属している(戦前は大島郡に属していた)。晴れた日は大島から見える。冬は空気が澄んで視界が良好になる日があるからだろう。この島に上陸するのには準備が必要で、めったに行けるものではない。かすかに見える島を眺めながら、海向こうの〈彼方〉の存在を確かめることによって、日常の中にある〈彼方〉が表出されていく。そんな効果を産み出すのが、見えたり見えなかったりする島なのだろう。

 

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