2013年〈カルチュラル・タイフーン/奄美セッション〉

  • 2013.06.27 Thursday
  • 09:22
 毎年、開催都市を変えて行われる〈カルチュラル・タイフーン/奄美セッション〉ですが、今年の開催地は東京(国分寺市の東京経済大学)です。

以下、お知らせです。(去年の広島カルチュラル・タイフーンの奄美セッションでは参加人数が少なかったので、今年は一人でも多くの参加を期待しています)

東京で行われます2013年カルチュラル・タイフーン/奄美セッションについて、出席予定者や、奄美に関係のある方々に送信する情報です(送信が迷惑な方は配信を中止します)。


★カルチュラル・タイフーン/奄美セッション★

開催日/2013年7月14日(日) 午後4時30分〜6時30分
開催場所/東京経済大学・国分寺キャンパス 204号室 
パネリスト
パネラー/前利潔、喜山荘一、中西雄二 企画・司会は大橋愛由等(肩書き省略)


今回のテーマ/〈奄美の復帰60年--なにが検証されてきたのかを問う〉


以下の文章は、私・大橋がカルチュラル・タイフーンに提出した文章をもとに作成したものです。

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 今年は、奄美が日本国に復帰してちょうど60年を迎える。奄美は、1946年から1953年まで、「異民族支配」の米軍政下にあった。復帰は、民族自決を全面に出し「島民一丸となった無血運動」によって成就したと奄美内部では深く信じられている。しかし、こうした自己充足的な復帰礼賛では抜け落ちる言説が多く在ることを明らかにしていこうとするのが今回の〈奄美語り〉の趣旨である。
 
 復帰60年に酔う奄美を取り巻く現実は雄弁である。安倍政権が国家主義を全面に出して挙行した「主権回復の日」では、沖縄県の知事は代理出席であったが、奄美が属する鹿児島県は伊藤祐一郎知事が出席。奄美の日本国分離を決定づけたサンフランシスコ講和条約締結のこの日を奄美では「痛恨の日」と呼び、奄美から伊藤知事は出席しないよう要請があったが知事側は聞き入れなかった。そして今奄美を賑わしているのは、薩摩藩の倒幕資金をめぐる「論争」である。奄美では〈薩摩藩の収奪によってシマの先祖たちが苦労して生産した黒糖(砂糖)の売却益が明治維新を作り上げた〉と信じられている。これに対して砂糖売却益の恩恵は認めつつそれ以外の収益を重視するべきと主張する研究をめぐって「論争」が繰り広げられている。 
 
 取り上げたこの二つの事象から見えてくるのは、復帰や歴史への評価をめぐって、奄美は自ら産みだした「歴史物語」に引きこもってしまった結果、他者に開かれ、かつ多元的な価値を共有する姿勢を失ってしまったのではないか、ということである。
///////////////////////以下、英訳////////////////////////////////////////////////////////
SSixty years from the return of Amami to Japan: (Hi)stories told and untold

The year 2013 marks the 60th anniversary of Amami’s return to Japan, after its period of the “foreign domination” under the US military administration from 1946 to 1953. During the process of return, self-determination has been emphasized as a cause, and it is still deeply believed inside Amami that the return is an achievement of the “bloodless movements of the whole islanders together”. However, such a self-indulgent praise of the return does not hold more varied views and stories such as we will clarify in this session of telling of and about Amami.

The present reality around Amami this year is full of controversies. One of the examples is a “Restoration of Sovereignty Day (shuken kaifuku no hi)” ceremony, a show of nationalism held in April 28 under the auspices of the Japanese government led by Prime Minister Shinzo Abe. To Amamians, the day has been known as the “Day of Regret (tsukon no hi)” for it was when the San Francisco Peace Treaty determined Amami’s separation from a mainland Japanese nation in 1952 along with the Okinawa and Ogasawara Islands. However, Yuichiro Ito, Governor of Kagoshima Prefecture (Amami is a part of it) attended the ceremony, against appeals from Amami and the fact Okinawa Prefecture sent only a substitution of its governor.

Another is an argument about the funds for Satsuma-han’s anti-Shogunate activities in the mid 19th century. There is a belief in Amami that the profits from their specialty brown sugar, produced through their ancestor’s hard labour and exploited by Satsuma under the vassal relationship, realized the Meiji Restoration. On the other hand, there is an opposing study to insist the importance of other fund sources rather than the sugar profits.

Even these disputes throw a question that, as for an evaluation of the return or the history, if Amami might lose its openness, a capability to share the pluralistic value by withdrawing into one’s self-made “(hi)story”.
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今年のテーマは〈無・国家〉としての奄美

  • 2012.07.13 Friday
  • 09:21
 (アユ)--15日(日)に、広島市で、カルチュラルタイフーン「奄美セッション」を開催します。

タイムスケジュールなど詳細は下記にアクセスしてみてください。
時間は、15:30~17:00 まで。
会場は、広島女学院大学です。http://cultural-typhoon.com/2012/information.html#access
「 人文館 4階 401号室」が会場です。



今回の奄美セッションのテーマは、
「〈無-国家〉としての奄美―あたらめて復帰を問う」
です。


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 今年(2012年)は沖縄復帰40年、来年(2013年)は奄美復帰60年を迎える。
 そこで「復帰とは何だったのか」「復帰した国家とは何だったのか」を二年連続で問いかけていく。 
 奄美は歴史上、自前の国家や、地域を統覚した政治勢力を持たなかった。つまりさまざまな国家・地域勢力(琉球・薩摩・日本・アメリカ)によって支配されてきた地域なのである。この被支配の歴史を反転すると、〈無・国家〉を通底してきたという言説を組み立てることが出来る。こうした奄美の〈無・国家〉性をあらためて、考えてみたい。この〈無・国家〉性は、〈無・原発〉性(奄美群島の電力は100%原発なしの電力で賄われている)とも連関していく。奄美という特性が日本国への復帰や現在の国家と照らしあわせて、どのように対峙しているのかをあらためて考えていきたい。


-------英訳-----------------------------------------------------

In 2012, Okinawa marks its 40th anniversary of reversion to Japan, while Amami its 60th the next year. However, what means the “reversion”?  What is a nation “returned” to another sovereignty? 
This session is to discuss these propositions as the first of the two annual series.
Historically, Amami had not held its own sovereign nation or a particular political force which boasts integrate rule over the area. Amami is a region that has been dominated by various nations and regional forces (i.e., Ryukyu kingdom, Satsuma feudal domain, Japan, and the United States).
In reverse, Amami's history of subjection might be also described as a consistent state of nil-nation(ality). It even relates to Amami's 100% nuclear-free power condition.
The uniqueness of Amami will be considered in the light of its “reversion” to Japan and the nation in present as well as how Amami confronts the situation.

シマダテシンゴを蘇らせる

  • 2012.04.15 Sunday
  • 08:50
奄美・沖永良部島に伝わる創世神話「シマダテシンゴ」をそっくりそのままアレンジして表現したシーサーズ(代表・持田明美さん)の演奏がで見ることができます。


いずれDVDにする予定と聞いています。

それに先立って、FMわぃわぃ「南の風」用にCDにして送ってくれました。

泉芳朗について

  • 2012.04.13 Friday
  • 14:11
わたしの連載コラム「神戸から」を書いて南海日日新聞の担当記者氏にメール送稿する。

泉芳朗について書いた。

この記事は今年二回目の送稿で、長い間、一年に一本を書くのが精一杯であったが、今年から心を入れ替えて、常時書き続けることにした。

ここ数年間、ずっと「今年からたくさん書きます」と、南海日日新聞の担当記者氏ならびに、編集局長に伝えていたが、意欲だけが空回りしていた。

そんな怠惰なわたしを見捨てず付き合ってくれていた南海日日のみなさんに感謝したい。

今年から思うところがあって、評論に力を入れることにした。そんな時に奄美論を書かせていただけるメディアがあるのは嬉しい。

私にずっと期限を切らずに書きなさい、と指示してくれたのは、今は亡き南海日日新聞の名物編集者であった重村晃氏である。重村氏が南海日日新聞の文化欄を担当していたときは、「重村文化欄(あるいは南海文化欄)」と呼称してそのレベルの高さを絶賛したものだった。

貴重な紙面を割いていただけるのである。心して資料をきちんと読み込み、かつ精密で、読者の心をうつ文章となるよう心がけよう。

島尾敏雄展

  • 2011.09.17 Saturday
  • 15:23
 (アユ)--写真家・島尾伸三氏から、来月から鹿児島で開かれる「島尾敏雄展」のお知らせを送っていだきました。

10月14日(金)から11月13日(日)まで「かごしま近代文学館」で行われる企画展です。

伸三氏も講演の予定もあるそうです。詳細は、以下のサイトをご覧になってください。


(このサイトを検索画面に移すと、丸に十の字がURLコードの先に付きます。ちょっとドッキリ。そうか鹿児島本土の施設だもんな、と納得したらいいのか、といろいろ考えています

『西郷隆盛と沖永良部』

  • 2011.08.12 Friday
  • 08:30
 (アユ)--沖永良部・和泊町の先田光演氏から『西郷隆盛と沖永良部』を贈っていただきました。

沖永良部にかかわる西郷の文献を網羅したもので、史料的価値のあるものです。

西郷と沖永良部との関係は深く、むしろ島のインテリ層からの知的刺激によって「敬天愛人」を提唱したとの説もあるぐらいです。当時の島役人層の知的レベルは高かかったのでしょう。

また西郷が沖永良部に残した足跡のうち、わたしが注目してやまないのが「社倉」というシステムです。中国の宋時代に発案されたといわれ、日本では近世に岡山や広島でも「社倉」による互助システムが展開していました。いわば官民共同管理による集落内に設けられた救貧の穀物倉庫です。沖永良部の場合は穀物倉庫の維持管理ばかりではなく、共有財産の管理や、公立医療施設の設置・運営にまで発展したのです。

この「社倉」をもうすこし世界史的にみていくと、南米のインカ帝国内にあった「共同経済倉庫経済」とも通底していくものです。こうした社会資本の整備にもとづいた公共性の蓄積が沖永良部にあったということにわたしは強い関心をいだいています。

沖永良部の「社倉」は、明治政府による社会基盤の整備が制度化されるに従って歴史的使命を終えたと判断して、自治体の中にその財産は吸収されていきます。しかし、この島には自律の精神と実績があることは長く記憶されていいでしょう。

『西郷隆盛と沖永良部島』

奄美セッションの様子

  • 2011.07.24 Sunday
  • 23:43
 (アユ)--7月24日(日)に「神戸海外移住と文化の交流センター」(神戸市中央区)で開かれた“Cultural Typhoon 2011 in Kobe”の奄美セッションの様子です--- 


http://twitcasting.tv/gunshaku/movie/2118376

すべての時間は網羅していませんが、「奄美 移民と無国籍」というテーマで語り合いました。

収録されているのは

前利潔氏(知名町教育委員会)

中西雄二氏(関西学院大学・大学院研究員、大阪市立大学都市研究プラザG-COE特別研究員)

の語りです。

(来年のカルチュラルタイフーンの開催は、広島だそうです)。

奄美のシンポジウムをします

  • 2011.07.21 Thursday
  • 09:36
(アユ)--今年もカルチュラルタイフーンの場を借りた奄美セッションを行います。以前このブログでもお知らせしましたが、今回はもう一度その詳細を書いておきます。

毎年開催都市を替えて開催されるカルチュラルタイフーンです。今年は私の地元の神戸が会場となります。

カルチュラルタイフーンについてのことは、
http://cultural-typhoon.com/2011/
をご覧になってください)。

さて、奄美に特化したセッションも今年で6回目となります。

☆日時 7月24日(日)15時30分〜17時00分
☆場所 神戸市「海外移住と文化の交流センター」「会議室大」
    〒650-0003 神戸市中央区山本通3-19-8 

☆テーマ 奄美 移民と無国籍
☆参加者 企画・司会 大橋愛由等 (図書出版まろうど社)
     パネラー  前利潔   (知名町教育委員会)
           中西雄二  (関西学院大学・大学院研究員、大阪市立大学都市研究プラザG-COE特別研究員)
           山上博信  (日本島嶼学会理事,北海道大学スラブ研究センターGCOE共同研究員)

☆セッション概要説明
 神戸は移民によって成形されてきた都市である。近代以降、日本国内に限らずアジア各地から、集まってきたひとびとは、既存の身分秩序が存在しない新興都市ゆえの緩やかな規範性のもとで、独自の都市文化を造ってきた。やがてひとびとは〈混ざり合い〉を進め、共同体としての出自意識が希薄化していく。そうした状況下でも、自分たちの集団のありようや、言語・文化の独自性を保ってきたエスニシティがいくつかある。

 われわれのセッションでは、どうして奄美出身者が神戸に集住するようになったのか、その歴史的経緯を分析することから始める。近代以降、日本、中国、米国、沖縄(琉球)、鹿児島(薩摩)といった国家・地域が絡んで、奄美の所属が何度か変転することになり、いわば「無国籍」状態が現出。時に密航という形で本土(ヤマト)へ経済移民を余儀なくされた時期もある。

 こうした特質を、〈底辺労働者として移住した初期〉〈終戦直後から奄美の復帰運動時期1945-1953〉〈阪神大震災の前後1995〉〈沖縄・普天間米軍基地の徳之島移設問題で揺れた「沖縄県外」と「沖縄圏内」問題など現在の姿2010-2011〉といった外部からの刺激にさらされた時に、神戸に居住する出身者とその社会がどのように対応したのかを検証。移民都市・神戸の形相のひとつであるエスニシティ集団としての奄美出身者の特徴を考察していく。

Amami: Emigration and Statelessness

This session focuses on an ethnic group in Kobe, which is originated from

Amami Islands in Kagoshima Prefecture. As the age of modernization began,

people gathered from various places within Japan as well as from the other

Asian countries/regions to Kobe, the emerging international port town at the

time. The cultural heterogeneity of those immigrants has been creating a

unique urban culture free from traditional caste system and other social

norms, while a consciousness of origin and identity among each ethnic

community tends to dwindle as the mixture of people continues. However, even

under such circumstances, some ethnic groups, including the Amamians',

retain their own group identity as well as the uniqueness of languages and

cultures.

First, we review a historical process to show why Kobe has a concentrated

population of Amamian origin. Amami's belonging has been changed among

regions/countries like Japan, China, United States, Okinawa (Ryukyu),

Kagoshima (Satsuma). The Amamians have been experiencing "statelessness". In

some periods, Amamian economic migration to Kobe was realized only by

smuggling.

Then, we examine more closely how the Amamians and their society in Kobe

faced the forced and changing current of modern history such as: "The

earlier period; Amamian emigrants as bottom class labourers", "1945-1953;

reversion of Amami to Japan", "1995; around Hanshin-Awaji Earthquake", and

"2010-2011; the recent shock caused by a relocation plan of U.S. Marine base

in Futenma, Okinawa to Tokunoshima, Amami and the related question of

Amami's status (is it a place just outside Okinawa Prefecture or within

Okinawa region culturally and geologically?)".

Analyzing these issues, we clarify the characteristics of the Amamian

ethnicity in Kobe, one of the most visible and distinctive facets of this

City of Immigrants.


梅雨空の下で

  • 2011.07.07 Thursday
  • 13:28
 (アユ)--神戸は今日も梅雨らしい天候。

昨日から南海日日新聞の切り抜きを集中してしています。

切り抜きの際に決めていることは、
1.切り抜く記事がない日でもなにかひとつカッティテングすることにする。

2.もう本格的な切り抜きを始めて三年目になるので、毎年祭事的に繰り返される記事は切り抜かないことにする。


といったところでしょうか。切り抜いていて気づくのは、

▶沖永良部島から記事を見ていますと、担当記者が変ったこともあり、前任者と較べてこの島からの署名記事が減ったということです。島に慣れてくると、また増えてくるでしょう。


▶島唄は、奄美の文化力の強さをよく現しています。また島唄の記事が紙面に反映されるのは、島が平和であるということです。大事件(奄美豪雨や東日本大震災)が起きると、島唄の記事はどうしても掲載回数が減ってゆきます。つまり島唄記事は奄美にとって平和の指標といっていいでしょう。

▶やはり文化面の囲み連載企画がその新聞の面白さを際立たせる重要な要素となります。どんな仕掛けをしてくれるのか読者としても楽しみです。今年はどんな企画があるのか待つことにしましょう。


メディアがひとつあれば

  • 2011.03.01 Tuesday
  • 18:27
(アユ)--その島にひとつでもライブハウスがあれば、島の音楽文化は活性化します。

月曜日にFMわぃわぃで放送したCDは、奄美大島で現在若者たちが発信している音楽が収められています。

そのCDは、昔から歌い継がれているしまうたも収録されていますが、〝A(奄美)ポップス〟と呼んでも差し支えないようなロックやフォークのジャンルからの新しい息吹を感じさせるポップスも元気です。

こうした奄美大島発の〝Aポップス〟の隆盛は、奄美市名瀬にあるライブハウスASIVIがあることが大きな刺激剤になっているのでしょう。このライブハウスには、島出身でメジャーになった元ちとせや、中孝介も島の後輩たちのために安いギャラで出演するなど、〝Aポップス〟ならではの一体感も熟成されています。


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